このページでは閃光堂スタヂオ・芦澤徹のプロフィールをご紹介しています。

私の少年時代

 

閃光堂スタヂオの創業は、私の祖父が芝川町でカメラ屋兼プリントDPIの店舗を構えたのが始まりです。

私は祖父のこの店が大好きで、カメラにも自然と興味を抱き、とにかくカメラや機材をいじるのが大好きな少年でした。

祖父が見せてくれた、写真が現像される様子にも毎回感動していました。

大学~就職へ

そういった少年時代を過ごしてきた私は当然のように、写真の学問の道へ進みます。

京都工芸繊維大学・写真工学科へ入学。「写真工学」では撮影技法だけでなく、カメラや印刷機械の内部のことや現像・プリントの学びなど写真にまつわる多くのことを勉強しました。

そして、卒業後は、遠藤写真工芸社に就職します。

この当時、大卒の新入社員は珍しかったようで、スキャナーの担当を任せていただき、社内の賞もいただくことができました。

独立開業~挫折…

その後、地元である静岡県富士宮市に戻り、独立開業を果たします。

やはり、元来、機材をいじることが好きなもので、開業から5~6年した頃に、フィルム現像の機械やネガプリントのプリンターなど大きな投資を行いました。

当時は、多くの写真プリントのご依頼をいただき、その後、撮影スタジオも構え、七五三などの撮影からアルバム印刷といった写真館としてのお仕事をさせていただいておりました。

しかし、大手ショッピングモールや全国チェーンの撮影スタジオの台頭と、デジタルカメラ・カメラ付き携帯電話の到来により、「現像」の需要は徐々に下がっていき、店舗は閉店を余儀なくされます。

写真の新しい価値を!

しかし、写真の仕上がりに対する情熱は消えず、元々機材にこだわっていることや、妻の写真編集加工技術のクオリティーにも助けてもらい、現在では、

きれいに写真を仕上げることでは誰にも負けないよう、切磋琢磨し、「写真」に関する様々な価値のご提案に注力しています。

スマホカメラやデジタルカメラの到来を前向きに捉え、そういった写真とは全く異なるような、専門家ならではの付加価値を常に研究しています。

個人のお客様ならば、「きれいに仕上げて一生の宝物になる写真」という価値や、

経営者様であれば、ビジネスシーンにおける、カメラマンや写真の役割を細分化し、

閃光堂スタヂオならではの販売メニューを開発し、それにマッチするお客様へご提案しております。

 

その瞬間しか出会えない風景や表情を捉え、見栄え良く仕上げた感動してもらえる写真をご提供したい!

 

その想いで、

機材・撮影技術・製本・補正加工技術・印刷といった写真にまつわるすべてのセクションを今もなお洗練し、時代に取り残されないよう切磋琢磨しております。

 

少しでもご興味をお持ちいただきましたら、まずはご相談だけで構いません。

お電話にてご予約の上、ご来店下さいませ。

長文をお読み頂き、誠にありがとうございました。

 

閃光堂スタヂオ・芦澤徹